清水次郎長×マキノ雅彦
次郎長、お蝶の恋物語にホロリと涙。 泣ける、大人のエンターテインメント
艶っぽくも小粋。人生の酸いも甘いも噛み分けた豊かな筆致に加え、説話手法が数珠繋ぎに連なる卓越した語り口。そんなオトナのためのオトナの映画として、爽快なスマッシュヒットを飛ばした『寝ずの番』。これが処女作とはとても思えない堂々たる演出で初登場を果たした監督、マキノ雅彦の第2作がいよいよ登場する。 今回の題材は、監督の叔父である、日本映画界が誇る生粋の娯楽派&活劇系の巨匠、マキノ雅弘監督の十八番だった“次郎長三国志”。東宝、東映にまたがり、雅弘監督が生涯で実に13本も手がけた超人気シリーズに、雅彦監督が満を持して挑む!
ご存知、義理と人情の厚さでは誰にも負けないヒーロー、清水の次郎長が「大馬鹿者でござんす」と名乗る向こう見ずな一途さで、ただひたすらに突っ走る。出し惜しみなしの大盤振る舞いで、多彩にして切れ味鋭いチャンバラ場面を次々に繰り出す様には、正統派時代劇の醍醐味が充満。そして、個性豊かな次郎長一家の面々のキャラクターを輪郭太く描き出し、それぞれのエピソードをユーモアたっぷりに描き出す。早くもマキノ雅彦風と呼ぶべき、懐深く、血の通った語りの妙はいよいよ洗練の域に到達。旅に出た次郎長を待ちわびて、それでもなお、想いを貫くお蝶の泣かせる恋心、そんな二人に命懸けで惚れこんだ荒くれ者の子分衆。次郎長と恋女房、お蝶の夫婦愛を軸に、怒涛に次ぐ怒涛のドラマへと流れ込んでいく。一世一代の仇討ちへ畳み掛ける展開のすさまじいばかりのダイナミズムは、古き良き映画の鮮やかな復興という次元をはるかに超越し、いっそ“純情巨編”とでも言い切ってしまいたくなる真新しい輝きを放っている。そう、この映画はなによりも、次郎長、お蝶の泣かせる恋と男たちの純情が丸ごと味わえる、颯爽として澄みきった快感が魅惑を招く一作なのだ。
主演は、前作『寝ずの番』に続いてマキノ雅彦監督とタッグを組む中井貴一。持ち前の清潔感に、タフで一本気な人間味を加味し、男なら誰でもついていきたくなるような親分像を体現する。そして、そんな次郎長が愛して愛して愛しぬくお蝶に扮したのは、『血と骨』で日本アカデミー賞に輝いた実力派、鈴木京香。子分たちから慕われる姐御肌の一方、ふとした一瞬に可憐な素顔を見せる絶品のヒロインで魅せてくれる。
俳優陣からの信頼が厚い雅彦監督の許には、中井貴一以外にも『寝ずの番』の出演者が再び集結。岸部一徳に笹野高史、木村佳乃、高岡早紀、蛭子能収、そして長門裕之……。さらには雅彦監督初登場の顔ぶれも、超豪華の一言。佐藤浩市、温水洋一、竹内力、北村一輝、大友康平、荻野目慶子、ともさかりえ、いしのようこ、とよた真帆らが、あっと驚く人物として登場して、スター映画としてのヨロコビも存分に堪能させてくれる。
スタッフも充実の布陣。脚本は『寝ずの番』に続いての登板となる大森寿美男。『39 刑法第39条』といった映画から、朝ドラ、大河ドラマまで手がける若き辣腕シナリオライターが“次郎長三国志”をいかに料理したかも大きな見どころだ。
また、撮影は『近頃なぜかチャールストン』『ジャズ大名』『助太刀屋助六』など岡本喜八監督とのコラボレートで知られ、時代劇との親和性も高い加藤雄大。喜八監督が、雅弘監督の“次郎長三国志”シリーズの助監督だったことを知る映画ファンにとっては、深い縁を感じずにはいられないだろう。
そして、リズミカルでスピーディなサウンドで映画にさらなる活気を加えているのは宇崎竜童。これまでも自ら主演した『曽根崎心中』や蜷川幸雄監督の『嗤う伊右衛門』で時代劇音楽の新生面を切り拓いてきた彼が、さらなる新境地を見せている。エンディングでは自身がマイクを握り、イキのいい歌声で観客を幸福な余韻にひたらせてくれる。